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慶応義塾大学医学部紹介


慶應義塾大学医学部(信濃町キャンパス)
概要
医学部は、1917年、福沢諭吉の遺志をくみ、北里柴三郎を初代学長として設立された。東京大学医学部が、臨床医学よりも人体の研究を重んじた当時のドイツの医学に強い影響を受けたのに対して、東京慈恵会医科大学や日本医科大学と同様、慶應義塾大学医学部は、患者側の視点に立った臨床のための医学の発展を目的として設立された。(東京慈恵会医科大学の沿革、略歴も参照)

医学部六年生の夏休みに、ハーバード大学など、アメリカのメディカルスクールに短期留学できる。また、低学年の間には、韓国の延世大学校やラテンアメリカなどの医学部での交流会などが用意されている。


沿革
1870年(明治3年)、慶應義塾の塾生前田政四郎の希望により、福澤諭吉が英国式の医学所の開設を決定する。
1873年(明治6年)、慶應義塾内に医学所を開設する。所長は慶應義塾出身の医師松山棟庵。また、杉田玄端を呼んで尊王舎を訓練の場所とした。
1880年(明治13年)6月、医学所が閉鎖される。
1916年(大正5年)12月27日、慶應義塾に医学部の創設が許可される。
1917年(大正6年)3月、医学部予科1年生の募集開始。初代の医学部長として北里柴三郎が就任する。
1920年(大正9年)、医学部が大学医学部に昇格。医学部校舎と附属病院が信濃町に新築される。
1937年(昭和12年)、北里記念医学図書館が創立される。

使用キャンパス
日吉キャンパス:神奈川県横浜市
医学部一年生はここにて、法学部、経済学部などの学生と共に、教養科目を受ける。

信濃町キャンパス:東京都新宿区信濃町
二年生より六年生までは、ここで臨床医学を身につける。


(出典;Wikipediaより)
慶應大学医学部紹介サイト

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